横浜のお稲荷様を回った話。大綱金刀比羅、最上稲荷、伏見稲荷

B!

最近暑いのか、寒いのかよく分からない日々が続きますね、エアコンの温度を何度にするか、いつも迷うんですよw

ははは!

今回は横浜に神社の参拝に行ったときに、神様とお話したことを記事にしますよー。一応三つ周りました!その日はたまたま使用で横浜に用事があったんですが、普段横浜には行くことはないので横浜周辺ってどんな神社があるのかなあと気になったわけですよ!

まず最初に Google マップを見て探しました

参拝した日は2020年の6月です

まず最初に目についたのが

横浜には色々な神社があるんですが、なぜかこの時は

 

大綱金刀比羅神社と最上稲荷(横浜タカシマヤ)伏見稲荷神社(横浜そごう)の三つでした。横浜には他にもたくさんの神社があるのですが、その時行こうと思ったのがこの三つでした。

 

最初に付いたのは大綱金刀比羅神社でした。

大綱金刀比羅神社にて、衝撃の事実があった

ついて最初に思ったのはなんだか神社っぽくない雰囲気だなあ…でした。どちらかと言うと仏教、仏様よりの雰囲気でした。

 

石段を登っていくと狛犬像が見え、重なって霊体の狛犬様がうすーく見えました。像よりも少しスリムな感じでした。

 

     

狛犬様「……おま、きdfじゃ…」

 

…。何を言ってるのか聞き取れません。チャンネルが合わないなあと感じていると、頭の中に文字が浮かんできました。

 

狛犬「お前が今日来ることは知っていた。この前高尾山に行ってただろう。」

 

管理人「はい、その後どこを回ろうか考えていました。その時に伝わったんですか?」

 

狛犬「そうだ、ゆっくりしていきなさい。」

 

そういって進んでいくと今度は社殿と天狗の顔を彫った木が見えました。木の彫りものには天狗の彫り物がしてあり、近くまで見に行きました。

 

……。何かが入っているのは確かなのですがよく分かりません。天狗さんがたまに来ている時もあるそうですが。…結局よく分かりませんでした。次に本殿の中に入ります。

  

神様と仏様の気が混じりあっていて、まさしく神仏混合状態でした。というよりも不動明王像があります(汗)サイトにはそんな事いっさい書いてなかった。そして神様の気も感じます。

 

とりあえず般若心経をとなえます。まかはんにゃ…
次に禊大祓を奏上します。たかまがはらに…

 

そこで頭の中に響く声で「ふふふ、どちらでも良い。」と聞こえました

 

管理人「なんだか神仏混合とは言っても余りにも小さな空間に凝縮されてて少しめまいを感じますね。」

 

神様「前に社殿が崩れてしまった。」

 

ん?とそこでスマホで検索してみると、確かに社殿が壊れて、今は仮殿の所を使っていると書いておりました。そこからは修行の為そこでしばし瞑想をさせてもらい次に向かったのは稲荷社でした。

 

管理人「ここには頻繁に参拝には来れませんよ、それでも参拝していいですか」

 

お稲荷様「…。分かった。」

 

祝詞を唱え終わったのち、ふと話し始めました

 

お稲荷様「寂しいだろう?ここは」

 

管理人「いやいや(汗)、そんな事は、…いやうーん、一般的にはそう感じるかもしれませんね。」

 

お稲荷様「昔はな、もっと沢山の参拝者と人で賑わっていた。今はなあ、少し寂しくてな」

 

そう言うと昔の景色を見せてくれました。お稲荷様が昔見ていた景色はこんな感じでした。※主観の景色です

管理人「……。明らかに今より大きい山ですね。調べたら空襲で焼けたと書いてありますけど、」

 

お稲荷様「その時焼けたのは、建物だけだ。その後に復興のために山を削って平らにしたのだ。あそこが見えるか?」

 

管理人「住宅地ですね、あと私の手にあるスマホと言うもので調べたら公園もありますね。」

 

お稲荷様「そこまで全部山で、稲荷社が何軒もあった。ここは稲荷の山、稲荷山と呼ばれておった。」

 

管理人「え???これ…この地図のとこ全部山で、祀ってあった寺社をここまで縮小したんですか?…。ああ、うーん、これは…人間に対して怒ってますか」

 

今の高尾山とほぼ同じ規模の大きさの寺社でした。

 

お稲荷様「そんな訳ないだろう、人には生活がある、必要であるならしかたなかろう。でもなあ…」

 

やろうと思えばその時に〝障り〟を出すことも出来たそうです。昔は横浜の地の稲荷の総本山がここだったのに今やこの一社のみになってしまい、参拝者も激減したのがどうにもこうにもやるせない…といってました。

 

 

この小さな一社とは裏腹に、多くのお稲荷様が手を持て余していました。参拝者自体はそこそこ多い者の、稲荷社はほぼ素通りするそうです。というより元々は稲荷社と飯縄権現社が大元であり、かなりのでかい稲荷社と、飯縄権現社があったそうです。この一社に縮小しただけで、宿るところがないだけで、大勢お稲荷様がいました。

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伏見稲荷神社(横浜そごう)にて、光の筒があった

大綱金刀比羅神社を後にした後、ナビタイムでナビしてもらいながら歩いていくうちにふと気づきました。あれ、地図上でこんなに遠かったっけ?歩けど歩けど、それらしい建物は見えません。そもそも横浜そごうはでかい百貨店のハズ…伏見稲荷神社付近まできてナビがおかしいことが分かりました。

 

 

ナビが示した場所は全然違う訳の分からない(失礼)ビルでした。こんなことってある!?と思い、もう一度ナビすると横浜そごうは通り過ぎていて、1キロ近く歩かされていました。

 

 

表示は間違いなく神社です(笑)

 

今度はナビタイムを信用せず、グーグルマップを開いて横浜そごうまで行きます。この後もう一つ参拝するのに時間やばくなるよーともう必死です。

 

ついたらとにかく横浜そごうの屋上をめざしました。

写真では人がいない時を狙って撮っていますがたくさんの親子連れや、人で溢れかえっていました。

 

管理人「私は○○という者で今日はお稲荷様の気を触れたくて来ました。」

 

祝詞を奏上し…。話しかけても、なんにも返答がありません。居るのは気配で分かっているのですがなーんにも返答がありません。しっかしビルの屋上なのにスカッとしたいい気だなあ、などと考えていると、”上を見ろ„と念波が飛んできました。

 

んん?なんだなんだと思ってみるとビックリ空に向かって光のオーロラみたいなモノが伸びているのです。※見えない世界の映像です

 

なんじゃこりゃあああああああとあっけに取られました。こんなのは初めて見るからです。

お稲荷様「ここには多くの参拝者が来て忙しくてな。ここは特別だ。空から気を下ろしている。」

 

管理人「これは初めて見ました。何というか凄いですね。」

 

お稲荷様「なにも難しいことは無い。お前と似たようなことをしているだけだ。」

これのことです↑

 

管理人「宇宙から気を下ろしているのですか?」

 

お稲荷様「宇宙からは下ろしていない。空にある綺麗な気を下ろしている。しかしよくお前はここまで来れたな」

 

管理人「まさか、かなり遠回りするようにされました?」

お稲荷様「お前の信仰心を試した。」

 

管理人「そうですか、ははは、ここは伏見稲荷神社と書いてますが伏見からいらしたんですか?京都の総本山の」

お稲荷様「そうだ。ここに勧請される前から、この稲荷社は将来この地の財運を担う大きな仕事になると分かっていた為、多く引きつれて来た」

かなりのプレッシャーと言うか、まあ伏見の名を背負ってるということで色々思う所があるお稲荷様でした。

 

今ではここが実質、横浜の稲荷の総本山?みたいになってました。実際お社を出た後でも、たくさん参拝する人がいました。とにかく忙しそうです。

この不在な感じ…、伝わるでしょうか…。

最上稲荷(横浜タカシマヤ)にて、土地の気が衰えていた

そこから急いで高島屋に付いた頃は夕方に近づいていました。やばいなと思いつつ高島屋に入ると、ふと異変に気付きました。

 

横浜そごうと比べて、高島屋は金運の気が著しく落ちていました。

 

店内の派手さと不釣り合いな勢いのなさを感じる土地の気やビルの気で、はてこれは一体全体どうなっているのかと屋上を目指しました。

ついてビックリ!お稲荷様はかなりの力の強い方達でした。数としては大勢ではありません。少数精鋭といったところです。そして気はさっきの軽く開放的な感じとは打って変わって、どっしりと重たく重厚な雰囲気でした。大きな岩のようです。

 

この寂しげな感じ…伝わるでしょうか、見えない世界の”気が”衰えている感じ

お稲荷様「よく来たな、時間はまだ大丈夫だ。気にするな!」

管理人「私は○○で、お稲荷様が好きで修行で回っていますって…やっぱり来ることは分かっていたんですね」

祝詞を奏上します。……。反応が微妙です

お稲荷様「ふふふ…、」

なんだろうと思い今度は稲荷心経を唱えます。本体真如住空理…(ほんたいしんにょうじょうくうり)

お稲荷様「おお!それだそれだ。良いなあ。心地いい」

管理人「……もしや、お稲荷様は仏様ですか?雰囲気が仏教系というか重さを感じます」

お稲荷様「手元の板で調べてみなさい」

 

スマホで調べて見たら最上稲荷は岡山を総本山とする、仏教のお稲荷様でした。管理人の知識不足で仏教のお稲荷様は、ダキニ天様の豊川稲荷さまだけだと思っていました。

その後ワンカップのお酒を針で小さな穴を開けて気を頂けるようにしてお供えし(もちろん持ち帰ったよ)コロナウイルスや、日本の雇用の現在などの世間話をしました。

管理人「ところでここのビル相当金運の流れが弱っていますが、ここまで力の強いお稲荷様がいてどうしてでしょうか」

お稲荷様「今ほとんど手を貸しておらん。金運が弱っておるのは、ここで働いているものの心が原因だ。最初はな!ここに来たときは皆一生懸命を合わせ信仰しておった。だが今は誰も来ん。」

 

もともと勧請した時の人は引退をして今はほとんど忘れ去られているようです。

 

管理人「手を合わせに来たらまた高島屋を盛り返せますか?」

お稲荷様「少し難しい。(お稲荷様の力でむりくり)人を呼び込むことが出来るが根本的な解決にならん。今の時代に合った考え方をしておらん。ここの者は頭が固いのだ。時は流れ人の考え方も変わる。それが分かっておらん。」

管理人「!!!?。まさかこんな具体的な内容の会話が出てくるとは驚きました。以前人間の記事でデパート経営は昔のやり方にこだわり過ぎて経営が悪化してると、経済の記事で読みました。」

お稲荷様「例えば…その電気が通う板で、人間が色々しているだろう。」

管理人「ああ、なるほど……ああ、うんそうですね。」

 

 

 

お稲荷様「少し昔話をしてやる。むかしある刀鍛冶がいた。若く才能があったが意地っ張りでな、師から巣立った後、山の中腹でひたすら良い刀を打つが、余り人が訪ねてこんのだ。ある朝ワシの所に来た、刀を売りたいが誰も自分の良さを分かってくれない!何故なんだと言って手を合わせた。ワシは夢にでて言ってやった。町に降りて人と会い話しろと、そう言っても頑固でな、その者の師を送って町に下ろす用事を作ってやった。」

町では、少しだけ短めの日本刀や、鞘の装飾がすこし形を変えていて今風で言うとおしゃれになっていたみたいです。結局、若者は戦国の世の太刀に近い武骨な刀を作っていたそうです。戦国の世は最近終わったばかりの頃でした。

師の付き合いのある町の刀屋と、会い、色んなお侍さんや浪人と話しやっと自分が時代遅れと気づいたのでした。

その後頭を下げ刀屋に今でいう営業をして、刀を納品するようになりました。今までは自分の良さを分かる人だけに刀を売っていたそうです。まずは人々が求めるものを打ち出しました。後に刀の銘を見て、大名の側近、要はかなり位のあるお侍さんが若者を訪ねます。「お前に殿を守る刀を作って欲しい、見せかけなどではない」そういうと若者の得意の、太刀に近い形の武骨な刀を打ちました。鞘も黒の漆塗りだけです。「これだ!これが良い!」そういって刀受け取ると多めのお金を置いて帰っていきました。

その後山中にある刀鍛冶は知る人ぞ知る、本物を打つ刀鍛冶として依頼をうけるようになりましたとさと…

 

管理人「……。これ実話ですよね。ここと良く似ていますね。」

お稲荷様「手を合わせに来たら、今の時代の売り方に良く知る者を探して引き合わせる所からだ。」

管理人「昔も今もあまり変わらないのかも知れませんね、その当時でも今でいう流行りがあって、商売の仕方も変えなければいけなったんですねー。ってもういい時間ですねそろそろ帰りますね」

お稲荷様「待て、お前に渡すものがある。手を出して見ろ(稲荷像の前に)」

手のひらに熱いものが、ゴーーー!と入ってきました。具合が少し悪くなり眩暈がしたら体の中に紫に輝く玉入っていました。

お稲荷様「今まで、稲荷の気だけを使うようにしてたが神の気しか(神社方面の)使えなかっただろう。仏の気も使えるようにしておいた。」

※過去に神奈川の白笹稲荷神社の境内社の権兵衛稲荷様の所で体の気を稲荷様の気に変えてもらうという儀式みたいなものを受けてから、お稲荷様の力しか使えなくなっていました。その前は真言など仏様の力も使っていました。

 

ということで去年の参拝の内容を書きました。ちょっと色々あってブログ書いてなかったのですがまた書いていきます。ではまた会いましょうー

 

PS
高島屋の最上稲荷様は少し厳しい性格をしていて、礼儀が悪い人はちょっときついかもしれません、皆お行儀よくお参りしましょう。お寺では手を叩かず合唱ですよ。数は多い方ではないのでお参りして願掛けしても、後回しになるかもです。この記事の後に参拝者が増えたら…

PSその2
2021年の1月か2月に来たら高島屋にきたら最上階の売り場が全て退去している最中でした…。

PSその3
横浜に住む人は大綱金刀比羅神社の稲荷社に行くと願掛けは叶えられやすいかもしれません、なにせ大勢手持ち無沙汰状態ですので。

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